最上義光歴史館


   《平成21年4月分の入館者アンケート集計結果》
 
 この集計結果は平成21年4月1日から同30日の間に入館した利用者を対象に行ったアンケートを集計したものです。


      企画展示 (4/1〜4/5)
      常設展示 (4/7〜4/30)


     開館日数・・・・・・・・・・27日間

     入館者数・・・・・・・・・5,674人

     回答者数・・・・・・・・・・ 26人


 1.歴史館をどこで知りましたか

  (1)旅行雑誌・・・・・・・・・・・・・・・・・8%

  (2)歴史館のホームページ・・・・・・・・・・・4%

  (3)インターネット・・・・・・・・・・・・・15%

  (4)新聞・テレビ・ラジオ等・・・・・・・・・・4%

  (5)広報やまがた・・・・・・・・・・・・・・11%

  (6)知人から聞いた・・・・・・・・・・・・・・4%

  (7)以前から知っていた・・・・・・・・・・・28%

  (8)観光案内所 (駅など)・・・・・・・・・・・・4%

  (9)通りがかり・・・・・・・・・・・・・・・11%
  
   (10) その他・・・・・・・・・・・・・・・・・11%


 2.歴史館の入館は何回目ですか

  (1)はじめて・・・・・・・・・・・・・・・・54%

  (2)2回目・・・・・・・・・・・・・・・・・19%

  (3)その他・・・・・・・・・・・・・・・・・27%

 
 3.ご覧になられた感想

  (1)内容はいかがでしたか

    �‖臺僂茲�った・・・・・・・・・・・・・・54%

    �△茲�った・・・・・・・・・・・・・・・・27%

    ��ふつう・・・・・・・・・・・・・・・・・15%

    �い弔泙蕕覆�った・・・・・・・・・・・・・・4%

  (2)最上義光と最上家について

    �,茲�わかった・・・・・・・・・・・・・・62%

    �△錣�った・・・・・・・・・・・・・・・・38%

    ��わからなかった・・・・・・・・・・・・・・0%

    �い匹舛蕕箸發い┐覆ぁΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΓ�%



  〜利用者の声〜

 ◎子供でも分かりやすく楽しめるようになっていて良かった。

 ◎お土産を増やしてほしい。

 ◎企画展の刀の展示が良かった。

 ◎家臣団の資料も見てみたかった。

 ◎日本刀の展示を増やしてほしい。

 ◎丁寧に説明してもらえてよかった。

 ◎静かに鑑賞したかった。

 ◎もうちょっと宣伝をして来館者を増やしたらいいと思う。
【本城豊前守満茂/ほんじようぶぜんのかみみつしげ】 〜秋田南部を舞台に活躍〜

 弘治2年(1556)生まれ。義光より10歳年下。弟だろうという説もあるが、どうやらそうではなく、分家筋の最上一族と見るほうがよいようだ。
 『奥羽永慶軍記』『羽源記』などによると、義光の領地拡大作戦や領内支配にあたって、仙北地方(横手・湯沢付近)や由利郡など、現在の秋田県南部を主な舞台として大活躍している。
 はじめ楯岡城主として「楯岡」を名乗ったとされ、仙北地方が最上領になった一時期は湯沢を本拠としたために「湯沢豊前守」と称されたこともあった。
 最上義光が関が原合戦の後、慶長7年5月に由利地方を与えられてからは、その地方の政治をまかせられ、本城城(現本荘市)を築いて政治の拠点とした。今残る城跡も城下の町並みも、満茂の建設が基礎となっているわけだ。
 彼の支配した領地は、最上家の分限帳で見ると実に4万5千石、最上一族、家臣団のなかでは最高の石高である。越後村上や津軽弘前に匹敵する堂々たる大名クラスである。最上の家臣でありながら、秋田の佐竹氏や津軽家とは、まるで対等の大名同士のような付き合いをしていたことが秋田藩の記録類からうかがわれる。さらに、この地域には豊かな金山があったところから、大きな財力をもっていたと想像されるが、これは今後の研究課題としよう。
 ちなみに、秋田県側には「本荘市」という地名は、「本城豊前」の姓にちなむという説があり、そうだとすれば最上一族の名字が市の名として残ったことになる。だが、その反対に「本荘」城主になったからその地名を姓にしたと見るほうが妥当かもしれない。
 最上家が改易になったとき、満茂は幕府の閣僚であった酒井雅楽頭忠世(前橋藩主)にあずけられた。「預け人」とは、政治的事件に連座して身分地位を剥脱され、大名家に預けられた人物である。そういう身の上ではあったが、満茂は大勢の家来を引き連れて前橋に移転した。その後は酒井家の家臣として召し抱えられたが、知行は本人千石、その家来たち2千石、合わせて3千石という待遇であった。
 寛永16年(1639)1月21日没、84歳。宗家の主だった義光の69歳、義姫の76歳も長命なほうだったが、満茂はそれにまさる長寿にめぐまれたわけだ。
 その墓は前橋の長昌寺にあり、子孫が姫路に移転してからも、代々墓所をたいせつに守りつづけてきたといわれる。
■■片桐繁雄著

       《平成21年5月分の入館者アンケート集計結果》


 この集計結果は平成21年5月1日から同31日の間に入館した利用者を対象に行ったアンケートを集計したものです。



          常設展示 (5/1〜5/31)


        開館日数・・・・・・・・・・31日間
        入館者数・・・・・・・・・6,353人
        回答者数・・・・・・・・・・ 28人


 1.歴史館をどこで知りましたか

 (1)旅行雑誌・・・・・・・・・・・・・・・・・13%

 (2)歴史館のホームページ・・・・・・・・・・・・3%

 (3)インターネット・・・・・・・・・・・・・・・6%

 (4)新聞・テレビ・ラジオ等・・・・・・・・・・・3%

 (5)広報やまがた・・・・・・・・・・・・・・・・0%

 (6)知人から聞いた・・・・・・・・・・・・・・・3%

 (7)以前から知っていた・・・・・・・・・・・・31%

 (8)観光案内所 (駅など)・・・・・・・・・・・・・6%

 (9)通りがかり・・・・・・・・・・・・・・・・16%
  
  (10) その他・・・・・・・・・・・・・・・・・・19%


 2.歴史館の入館は何回目ですか

 (1)はじめて・・・・・・・・・・・・・・・・・64%

 (2)2回目・・・・・・・・・・・・・・・・・・18%

 (3)その他・・・・・・・・・・・・・・・・・・18%


 3.ご覧になられた感想

 (1)内容はいかがでしたか

   �‖臺僂茲�った・・・・・・・・・・・・・・・68%
  
   �△茲�った・・・・・・・・・・・・・・・・・29%

   ��ふつう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4%

   �い弔泙蕕覆�った・・・・・・・・・・・・・・・0%

 (2)最上義光と最上家について

   �,茲�わかった・・・・・・・・・・・・・・・48%

   �△錣�った・・・・・・・・・・・・・・・・・48%

   ��わからなかった・・・・・・・・・・・・・・・0%

   �い匹舛蕕箸發い┐覆ぁΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΓ�%


 〜利用者の声〜

 ◎最上家の文献が豊富にあり、無料というのが申し訳ないくらい良かった。

 ◎案内役の方が丁寧に説明してくれたので良かった。

 ◎最上家の家族関係について詳しく説明してほしかった。

 ◎思ったより館内が狭かった。

 ◎文化や習慣を体感できるような展示をしてほしい。

 ◎入館料が無料になったので、気軽に入りやすい。

 ◎説明がわかりやすくて良かった。

 ◎クイズなどがあって、とても楽しかった。