最上義光歴史館
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最上義光歴史館:[暦/] |
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《2025年2月の利用者アンケート集計結果》
この集計結果は令和7年2月1日から同28日の間に入館した利用者を対象に行ったアンケートを集計したものです。 企画展 (2/1 〜 2/28) 開館日数・・・・・・・・・・・・・24日間 入館者数・・・・・・・・・・・・・1,450名 回答者数・・・・・・・・・・・・・19人 1.本日は最上義光歴史館に �ヾ覯菘犬鮓�に来た・・・・・・・・・・・5% �⊂鐇濺玄┐鮓�に来た・・・・・・・・・・74% �N省�見に来た・・・・・・・・・・・・・21% �´�の方、企画展を何で知りましたか?? (1)ポスター・チラシ等・・・・・・・・・・・40% (2)歴史館のホームページ・・・・・・・・・・20% (3)新聞・テレビ・ラジオ等・・・・・・・・・20% (4)広報やまがた・・・・・・・・・・・・・・0% (5)知人から聞いた・・・・・・・・・・・・・0% (6)通りがかり・・・・・・・・・・・・・・・20% (7)その他・・・・・・・・・・・・・・・・・0% �△諒� 最上義光歴史館をどこで知りましたか?? (1)旅行雑誌・・・・・・・・・・・・・・・・0% (2)歴史館のホームページ・・・・・・・・・・14% (3)インターネット・・・・・・・・・・・・・36% (4)新聞・テレビ・ラジオ等・・・・・・・・・7% (5)広報やまがた・・・・・・・・・・・・・・0% (6)知人から聞いた・・・・・・・・・・・・・7% (7)以前から知っていた・・・・・・・・・・・21% (8)観光案内所 (駅など)・・・・・・・・・・・7% (9)通りがかり・・・・・・・・・・・・・・・0% (10)その他・・・・・・・・・・・・・・・・・7% 2.歴史館の入館は何回目ですか?? (1)はじめて・・・・・・・・・・・・・・・・84% (2)2回目・・・・・・・・・・・・・・・・・11% (3)その他・・・・・・・・・・・・・・・・・5% 3.ご覧になられた感想 3−1内容はいかがでしたか?? 企画展 �‖臺僂茲�った・・・・・・・・・・・・・68% �△茲�った・・・・・・・・・・・・・・・32% ��ふつう・・・・・・・・・・・・・・・・0% �い弔泙蕕覆�った・・・・・・・・・・・・0% 常設展示 �‖臺僂茲�った・・・・・・・・・・・・・68% �△茲�った・・・・・・・・・・・・・・・32% ��ふつう・・・・・・・・・・・・・・・・0% �い弔泙蕕覆�った・・・・・・・・・・・・0% 3−2最上義光と最上家について?? �,茲�わかった・・・・・・・・・・・・・68% �△錣�った・・・・・・・・・・・・・・・32% ��わからなかった・・・・・・・・・・・・0% �い匹舛蕕箸發い┐覆ぁΑΑΑΑΑΑΑΑΑΓ亜� 3−3施設内容について (1)また来館したいですか?? �,泙人茲燭ぁΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΓ隠娃亜� �∈2鵑里澆任茲ぁΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΓ亜� (2)人に来館をすすめますか?? �〕茣曚鬚垢垢瓩襦ΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΓ隠娃亜� �⇒茣曚鬚垢垢瓩覆ぁΑΑΑΑΑΑΑΑΑΑΓ亜� 4.ボランティアの案内はいかがでしたか �,茲�わかった・・・・・・・・・・・・・58% �△錣�った・・・・・・・・・・・・・・・5% ��ふつう・・・・・・・・・・・・・・・・0% �い弔泙蕕覆�った・・・・・・・・・・・・0% �グ篤發魄様蠅靴討い覆ぁΑΑΑΑΑΑΑΑΓ械掘鵝 � 〜利用者の声〜 宮城県仙台市 男性/40代 無料でしたが、入場料をとって、いろいろと内容(映像資料など)を充実させても良いのではないでしょうか。 兵庫県宝塚市 男性/20代 最上義光のかっこよさを伝えたい。ボランティアの方が親切だった。 宮城県仙台市 男性/40代 是非ボランティアの方に(案内を)お願いするとよい、とてもよかったです。すごく楽しく解説いただいて、無料ででありがたい。また来ますボランティアさん! 宮城県仙台市 女性/50代 ボランティアの方のお話を伺わないとわからい風刺画等、大変わかりやすく解説いただきました。ありがとうございました! 埼玉県新座市 男性/40代 展示も大変充実していて見応えがありました。ボランティアの方の案内は大変勉強になりました。最上氏のことがとても良くわかりました。 千葉県印西市 男性/30代 展示物の見ごたえがあった。 宮城県仙台市 男性/10代 ボランティアの方が大変よかった。おしえてくれてありがとう。めっちゃだいすきです。 栃木県宇都宮市 男性/50代 そば屋の隠し酒(五薫)のお話がよかったです(笑)山形は最上家!と思っていましたが、いろんなドラマがあるのがわかって、とても興味が高まりました!!ボランティアの方の本物のご紹介がわかりやすくてよかったです! 神奈川県横浜市 男性/50代 説明が熱い!ボランティアさん最高でした! 山形市 男性/50代 ボランティアの方がどんどん話をしてくれる。最上家の系列がよくわかった。 大阪府茨木市 女性 雪でも道が安心、量も多くなくすっきり入れる施設だったので人にすすめたい。窓口の方が気持ちよい対応でした。駅からの道案内があまりない。あらかじめホテルできいたので、何となく分ったが、それでも途中、病院、NHKと並び、これでまちがっていないよなと心配だった。 山形市 女性/60代 義光のことがよくわかり入館料無料なので人にもすすめたい。入館無料なのはうれしい。入口がよくわからなかった。もしかして本日は休館かと思った。偉大な義光公、もっとPRしたらどうか。 奈良県奈良市 女性/30代 ボランティアの方の説明がわかりやすかったです。熱心に説明してくださった。解説(現代語訳)がわかりやすくよかったです。 北海道札幌市 男性/50代 ボランティアさんの話がとても詳しく勉強になりました。ありがとうございました。 山形市 女性/40代 説明がわかりやすかったので、人にもすすめたい。 山形市 女性/40代 陶器良かった〜!! 埼玉県川口市 男性/50代 ご親切にありがとうございました。 ※当館サポーターの個人名は「ボランティア」または「ボランティアさん」に変更しています。 |
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さてさて、この山形にもインバウンドの波が訪れていまして、山形県は最近、インバウンドの伸び率が日本一とのことです。そもそもこれまでが少なかったこともありますが。山形市の蔵王もこの冬はインバウンド様ばかりで、いままでにない光景を目の当たりにします。蔵王は昔から外国のようなスキー場と言われていて、それは山形弁が県外の方に通じないからですが、今は本当に外国語ばかりが聞こえてくる感じです。スキーウエアなどを着用することもなく街歩きの恰好のまま、ましてスキーもスノーボードも持たずに、朝からロープウェイ駅の外に長い行列を作り並んでおられます。ネットのライブカメラでもこの様子は見ることができますが、乗車券は午前中に完売という日々が続いているようです。夜間は樹氷がライトアップされ(2/23まで)、ロープウェイから観ることができますが、最近人気なのは新型雪上車「ナイトクルーザー号」に乗車し夜の樹氷を間近で体験するという「樹氷幻想回廊ツアー」です。当日のネットのみの予約で、受付開始とともに回線がパンク状態と表示されることがほとんどです。
やはりと言うか、この蔵王に関係する最上義光の逸話もありまして、温泉街から酢川温泉神社に続く参道には「最上義光の力石」というものがあります。そこには、「義光が16歳(永禄4(1561)年)の時、高湯(蔵王温泉)に湯治にきた際、十数人の盗賊に囲まれた。しかし義光は単騎で盗賊に切り込み、その頭領を殺傷し数人に重傷を負わせた。その武勇を聞いた父の最上義守は最上家家宝「笹切丸」を与えた。また、義光は家来達と力比べをし、誰一人として持ち上げられなかった重さ約50貫目(190キロ)の大石を軽々と持ち上げた、と伝えられているのがこの力石である。」とあります。実は、襲ってきた盗賊を追い返し、父から笹切丸を給されたことまでは、「最上記」や「奥羽永慶軍記」にはあるのですが、力石については文書的に定かではなく、ただ「奥羽永慶軍記」に「(義光は)十六(歳)にしては七、八人しても動かしがたき大石を、只一人にして安々と押転ばし給ふ程の人なれば、今永禄四年四月四日の夜、盗賊をば討給ふ。」とあります。 ![]() 「最上義光の力石」 山形市観光協会HPより とにもかくにも、何か目立つ石があれば、それにかこつけて物語などを付け加えたくなるのが世の常でして、例えば芭蕉の「奥の細道」でも有名な「殺生石」などもそのような類ではないかと。「殺生石」は国指定名勝ともなっており、近年、この石が割れてしまい話題になりました。那須町HPによると、「平安の昔、帝(みかど)の愛する妃に『玉藻の前』という美人がいたが、これは天竺(インド)、唐(中国)から飛来してきた九尾の狐の化身であった。帝は日に日に衰弱し床に伏せるようになり、これを陰陽師の阿倍泰成が見破り、上総介広常と三浦介義純が狐を追いつめ退治したところ、狐は巨大な石に化身し毒気をふりまき、ここを通る人や家畜、鳥や獣に被害を及ぼした。これを源翁和尚が一喝すると、石は三つに割れて飛び散り、その一つがここに残り「殺生石」と伝えられている。」とのことです。 殺生石のある付近一帯は、硫化水素などの有毒な火山ガスが絶えず噴出し、鳥獣が亡くなることもあるためこのような伝名称となっているとのことですが、芭蕉も「奥の細道」では「石の毒気いまだ滅びず、蜂蝶のたぐひ、真砂の色の見えぬほど重なり死す」と記しています。 その殺生石が2022年3月5日、ほぼ中央から刃物で切ったように真っ二つに割れた状態で見つかり、SNSでは「封印されていた九尾の狐が解放された」などの書き込みがあったそうです。地元では早速、しめ縄を交換したそうですが、以前に比べて大幅に観光客が増え、この割れた殺生石をモチーフにした様々なグッズまで販売されているそうです。地元の人にとっては、不吉どころか吉となったとのことでした。 「奥の細道」とくれば山寺のお話も。山寺は正しくは宝珠山阿所川院立石寺(りっしゃくじ)といい、寺名には「石」の字があります。そこで「立石寺」という名の由来を山寺芭蕉記念館のA学芸員に尋ねたのですが、それはわからないと。その地形はまさに石が切り立っているような場所なので、見た目そのままに「立石寺」としたのではとの安直な推測はできるのですが。ちなみに立石というと東京では「のんべえの聖地」そして「せんべろの街」こと葛飾区立石(たていし)が有名ですが、その地名は立石様と呼ばれる石があることに由来しており、立石寺とは関係ないようです。 とにかく「立石寺」の名称の由来は、とりあえずはわからないままですが、慈覚大師が山寺を開くにあたり、大石の上でこの地方を支配していた狩人磐司磐三郎と対面し、仏道を広める根拠地を求めたと伝えられていて、その石は「対面石」として現在も山寺駅から立石寺に行く途中にあります。その「対面石」に隣接して、同じ名の眺望のいい蕎麦屋さんがあり、ここは「せんべろ」とはいきませんが、蕎麦で一献などはいかがでしょうか。いや、屋外ならば冬の山寺を背景に、名物の「玉こん」をあてにカップ酒でなら「せんべろ」もいけるかもしれません。なかなかハードではありますが。 (→裏館長日誌に続く) |
(C) Mogami Yoshiaki Historical Museum



