最上義光歴史館

最上義光歴史館
ログイン
メモ メール アンケート カレンダー ブックマーク マップ キーワード スペシャル プロジェクト
《2024年2月の利用者アンケート集計結果》

 この集計結果は令和6年2月1日から同29日の間に入館した利用者を対象に行ったアンケートを集計したものです。

常設展示  (2/1 〜 2/29)
開館日数・・・・・・・・・・・・・25日間 
入館者数・・・・・・・・・・・・・1,582名
回答者数・・・・・・・・・・・・・17人


1.歴史館をどこで知りましたか??
(1)旅行雑誌・・・・・・・・・・・・・・・・0%
(2)歴史館のホームページ・・・・・・・・・・0%
(3)インターネット・・・・・・・・・・・・・41%
(4)新聞・テレビ・ラジオ等・・・・・・・・・0%
(5)広報やまがた・・・・・・・・・・・・・・0%
(6)知人から聞いた・・・・・・・・・・・・・6%
(7)以前から知っていた・・・・・・・・・・・12%
(8)観光案内所 (駅など)・・・・・・・・・・・6%
(9)通りがかり・・・・・・・・・・・・・・・29%
(10)その他・・・・・・・・・・・・・・・・・6%

2.歴史館の入館は何回目ですか??
(1)はじめて・・・・・・・・・・・・・・・・88%
(2)2回目・・・・・・・・・・・・・・・・・12%
(3)その他・・・・・・・・・・・・・・・・・0%

3.ご覧になられた感想
(1)内容はいかがでしたか??
   �‖臺僂茲�った・・・・・・・・・・・・・59%
   �△茲�った・・・・・・・・・・・・・・・41%
   ��ふつう・・・・・・・・・・・・・・・・0%
   �い弔泙蕕覆�った・・・・・・・・・・・・0%

(2)最上義光と最上家について??
   �,茲�わかった・・・・・・・・・・・・・59%
   �△錣�った・・・・・・・・・・・・・・・41%
   ��わからなかった・・・・・・・・・・・・0%
   �い匹舛蕕箸發い┐覆ぁΑΑΑΑΑΑΑΑΑΓ亜�

〜利用者の声〜

愛知県常滑市 女性/20代
展示の解説がわかりやすくて、最上氏のことがよく知れました。

埼玉県さいたま市 男性/40代
戦国期の城跡を旅先で巡っているのですが、武将一個人の資料館と整備具合に頭が下がる。伊達とライバル江戸初期に生き残れなかった方として虚名でしたが、割と伊達、上杉の視点が多かったので参考になりました。冬雪寒い、でも米沢と違って雪深くない。不思議な土地柄なのですね。

埼玉県所沢市 男性/30代
伊達家と敵対していたことから、あまりパッとしたイメージがなかったのですが、名君であることがわかりました。

山口県下関市 男性/50代
「独眼竜政宗」放映時の原田さんの映像や写真があると良いです。遠方の人はあのイメージが強く残り、ここで更に別のイメージも持つと思いました。

山形県天童市 男性/50代
ガイドの方のお話が少しわかりにくかった。

鹿児島県 女性/40代
映画の話などもふまえて、大変楽しくためになるお話をきけてよかったです。ありがとうございました。

千葉県千葉市 男性/40代
受付の方やボランティアの方の雰囲気がよかった。

静岡県静岡市 男性/30代
ボランティアさんの解説がとても分かりやすかったです。ありがとうございました。また次も来たいです。ご教授いただけたら幸いです。

山形県最上町 男性/50代
ガイドをお願いしてよかったです。新しいことを沢山知りました。

埼玉県狭山市 男性/70代
ボランティアさんの説明で勉強になりました。東北に旅行をしながら、もう一度妻と来てみたいです。

※当館サポーターの個人名は「ボランティア」または「ボランティアさん」に変更しています。


霞城公園の梅の花、早くもこんな具合です。

 やはり今年の冬は暖かく、当館に隣接する霞城公園では、早くも梅の花が開花しました。例年3月上旬に開花する「早咲きの梅」として知られている梅なのですが、これが今年は2月14日に開花したとニュースがありました。
 梅というと、「東風吹かば にほひおこせよ梅の花 主なしとて春を忘るな」という百人一首にもある菅原道真公(菅公)の歌が有名ですが、その菅公を祀っているのが京都の北野天満宮です。その境内神域には、菅公ゆかりの梅が約50種、約1,500本あり、梅苑「花の庭」が3月下旬まで公開されています。入苑料は1,200円で茶菓子付、週末は時間を延長しライトアップしています。
 北野天満宮は全国約1万2千社ある天満宮・天神社の総本社で、入試合格・学業成就・文化芸能・災難厄除祈願のお社です。山形市内にもいくつかの天満と名のつく神社がありますが、梅とともに受験期の今が、やはり稼ぎ時でしょうか。もっとも、神だのみの受験というのも、良いのか悪いのか難しいところですが。
 さて、千年以上の歴史がある北野天満宮には、数多くの宝物が奉納されており、刀剣だけでも約100振、そのうち最上家にも伝来した「鬼切丸 髭切」など5振が重要文化財です。
 北野天満宮では、菅公の亡後25年ごとに「半萬燈祭」を行い、文化財の「再調査・研究・修繕・保存」がなされるそうです。令和9年(2027)は「菅公御神忌千百二十五年」にあたり、「太刀 銘 安綱〈鬼切丸 髭切〉」の失われた「拵え」(こしらえ)を制作、奉納することとしました。拵えとは、鞘(さや)、柄(つか)、鍔(つば)などの刀身の外装のことですが、〈鬼切丸 髭切〉には、この「拵え」が伝わっていません。
 製作にあっては実行委員会を組織し、この「拵え」の製作費をクラウドファンディングで募り、今年の1月25日に締め切りましたが、2,262人の支援により、15,000,000円の目標に対し、57,841,643円の資金を集めました。当館からも関係職員・ボランティアからの寄附を募り贈りました。
 今回の「拵え」の製作には、携帯電話やPCで使われていた金や銀をリサイクルして使用するとのことです。ちなみに、〈鬼切丸 髭切〉の「鎺」(はばき)、これは刀身と鍔の接する部分にはめる筒状の金具ですが、現在2種類あり、新しいものは純金製とのこと。「拵え」の作成費の予算は当初、10,000,000円(その他は諸経費)としており、これが5倍前後の予算規模となったわけで、純金製「鎺」などは何個でもつくれてしまいそうです。なんとなれば、純金製の鍔や柄や鞘さえも、いや、失礼しました。
 さて、「梅」と最上義光という話題に移すと、現存する義光の連歌の最初が「梅」を詠んだもので、しかも発句です。「梅咲きて匂ひ外なる四方もなし」。文禄2年(1593)2月、義光は朝鮮出兵に従い九州名護屋の陣営にいたのですが、里村紹巴の一門が京都で春の連歌会を催すにあたり、発句を義光から届けてもらったものです。詳しくは当館ホームページの片桐繁雄著「最上家をめぐる人々♯30 【里村紹巴】」をご覧願います。
 さてここで、例により伊達・上杉両家の梅に関わる話でも。
伊達政宗が文禄2年(1593)に朝鮮から持ち帰った朝鮮ウメの臥龍梅(がりゅうばい)が現存しており、国の天然記念物となっています。仙台城に植えた後,晩年の居城である若林城内に移植しました。ここは現在、宮城刑務所の敷地になっており、一般公開されていませんが、以前、ブラタモリで中を訪ねていました。
 上杉謙信は酒豪で有名ですが、一人で縁側に座り梅干しを肴に酒を飲み、親しい家臣らと飲むときも肴は梅干しだけだった、との記録があるそうです。ただ、こんな飲み方が原因したのか、重臣たちとの酒宴の席で脳出血を起こし、49歳で死去しました。なぜか梅がお気に入りだったようで、市立米沢図書館にある「上杉謙信朱印状」の朱印は、鼎(かなえ)の中に「梅」の字が記されています。また、某酒造会社では、酒豪「上杉謙信」にあやかり、純米梅酒「梅杉謙信」というのを販売しています。ウメエースギ・ケンシン、駄洒落好きの親父にはたまらんネーミングです。

(→ 館長裏日誌へ)