最上義光歴史館

最上義光歴史館
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■名 称
特設展示/第三部 
御城印販売記念「山形城下絵図展」

■会 期
令和5年11月29日(水)〜令和6年3月31日(日)  

■内 容
山形城の御城印販売を記念して、当館所蔵の山形城下絵図7点を展示公開し、山形城の歴史と変遷等を紹介します。

■展示資料
 〇最上氏時代山形城下絵図/最上氏時代(1356-1622)
 〇最上氏時代山形城下絵図/最上氏時代(1356-1622)
 〇羽州邑(村)山郡山形御城内屋敷之図/松平直矩(1688/元禄元年11月7日)
 〇羽州最上御城内之図/明和年間(1764-1767/第二次幕領時代)か
 〇御本丸御住居絵図(水野氏時代本丸住居絵図)/水野氏時代(1845-1870)
 〇山形御城内絵図(水野氏時代山形城内絵図)/水野氏時代(1845-1869)
 〇山形御城絵図(水野氏時代山形城下絵図)/水野氏時代(1845-1871)
※都合により会期中に展示替えをする場合があります。

《2023年10月の利用者アンケート集計結果》

 この集計結果は令和5年10月1日から同31日の間に入館した利用者を対象に行ったアンケートを集計したものです。

常設展示  (10/1 〜 10/31)
開館日数・・・・・・・・・・・・・26日間 
入館者数・・・・・・・・・・・・・3,183名
回答者数・・・・・・・・・・・・・23人


1.歴史館をどこで知りましたか??
(1)旅行雑誌・・・・・・・・・・・・・・・・4%
(2)歴史館のホームページ・・・・・・・・・・4%
(3)インターネット・・・・・・・・・・・・・30%
(4)新聞・テレビ・ラジオ等・・・・・・・・・4%
(5)広報やまがた・・・・・・・・・・・・・・4%
(6)知人から聞いた・・・・・・・・・・・・・0%
(7)以前から知っていた・・・・・・・・・・・35%
(8)観光案内所 (駅など)・・・・・・・・・・・4%
(9)通りがかり・・・・・・・・・・・・・・・4%
(10)その他・・・・・・・・・・・・・・・・・9%

2.歴史館の入館は何回目ですか??
(1)はじめて・・・・・・・・・・・・・・・・91%
(2)2回目・・・・・・・・・・・・・・・・・4%
(3)その他・・・・・・・・・・・・・・・・・4%

3.ご覧になられた感想
(1)内容はいかがでしたか??
   �‖臺僂茲�った・・・・・・・・・・・・・74%
   �△茲�った・・・・・・・・・・・・・・・22%
   ��ふつう・・・・・・・・・・・・・・・・4%
   �い弔泙蕕覆�った・・・・・・・・・・・・0%

(2)最上義光と最上家について??
   �,茲�わかった・・・・・・・・・・・・・74%
   �△錣�った・・・・・・・・・・・・・・・26%
   ��わからなかった・・・・・・・・・・・・0%
   �い匹舛蕕箸發い┐覆ぁΑΑΑΑΑΑΑΑΑΓ亜�

〜利用者の声〜

神奈川県横浜市 男性/40代
全国展開してほしい。

山形県新庄市 女性/40代
ガラスケースの奥に説明文があるので読みづらい。奥にあるわりには字が小さい。ガラスケースの角に甲冑があり、ちょうど角が甲冑にかかっていて残念だった。

広島県呉市 男性/70代
ガイド説明がよかった。

神奈川県大和市 男性/60代
貴重な資料の展示video解説により最上家のことがよく理解できました。

東京葛飾区 女性/50代
コンパクトに流れもあってわかりやすく見れた。あと、外の最上公の像の句を読んでもう一回みようと思ったのですが、きっかけをありがとうございました解説の方々の情熱すばらしいです。他の方への解説を耳にしながら見れてより充実しました。

東京葛飾区 男性/50代
非常に丁寧7に説明いただきありがとうございました。

埼玉県所沢市 男性/40代
説明員の方に詳しい話を聞けてよかった。

東京都板橋区 男性/60代
無料でここまでの博物館は他にはないのでは。がんばってください。

千葉県千葉市 女性/60代
今回は不勉強で初めて知ることが多かった。また来てみたいです。北の関ケ原の戦いがあったことを初めて知りました。少し勉強してまた山形に来たいと思います。今回は時間がなかったのでじっくり見れませんでしたが、説明をていねいに一人のためにしていただきありがとうございました。

岡山県岡山市 男性/60代
大変ていねいに説明いただき感謝しております。山形の歴史、成り立ちがよくわかりました。西日本に住んでいると当地はなじみ薄いので、非常に勉強になりました。

東京都稲城市 男性/50代
ボランティアさんに丁寧にご説明いただき、ありがとうございました。

神奈川県大磯市 女性/30代
館のスタッフの方の声が大きくて、落ち着いて見られず、残念だった。もう少し声のボリュームを落としてほしいです。

埼玉県草加市 男性/50代
この内容で無料とはとてもありがたいです。歴史好きにとって、これからもがんばっていただきたいたいと思います。

東京都町田市 女性/20代
サポーターの方がとてもていねいに教えてくださった。無知なままこちらに伺いましたが、多くを学ぶことができ、また更に情報を頭に入れてから伺いたいです。

宮城県松島町 男性/70代
とても分かりやすい説明でした。

※当館サポーターの個人名は「ボランティア」または「ボランティアさん」に変更しています。

「賦何墻連歌」冒頭部分

 連歌会においては、ただ目の前の情景を和歌で表現するだけではなく、古典を踏まえた場面選びや本歌取りがあり、一方、他人の句を受けて繋ぐことから、前句にある由来や意味を理解し、式目を踏まえながらも新たな展開への刺激となる句を付ければなりません。歌会に人が集い詠み合うという「座の文芸」ならではの気のきかせ方が求められます。古今和歌集には紀貫之が「猛き武人(もののふ)の心をも慰むるは、歌なり」と記していますが、時代が進んで、踏まえるべき古典や式目も多くなり、気付きの有無や歌の出来不出来が面子にもかかわるため、「心をも慰むる」どころか、かなりハードなものではなかったかと思われます。連歌会は夜を徹して行われることもあり、「賦何墻連歌」なんか、脇句の段階で「明(け)やすき山」、山の空が白み始めている、とか詠んでいるわけで、あ、違うか。とにかく、連歌会の挙句の果てには、身も心もボロボロになったのでは、と思ってしまいます。
 さて連歌には、「月」と「花」の句を詠み入れることとなっていますが、月と花は「中秋の名月」と「桜」を意味するのが慣例です。これでいくと、「おる花のあとや月見る夏木立」では、花は春、月は秋、でも季語は夏木立で、春、夏、秋をいっぺんに詠み込んだ、という句になります。ただ、「おる花」は回想であり、「月」はどの季節でもいいということにもなっているので、とりあえず季語がごっちゃになっているわけでもありません。
 さらに「花」については、挙句のひとつ前の句で取り上げることが通常なのだそうです。が、「賦何墻連歌」では、「別れた男は、今日は誰と」という句になっています。一方、テーマとなっている「墻」はどこにいってしまったのか、全ての句をざっと見渡しても見出せません。もう、主題も進行も関係ないフリージャズ状態です。
 ところで「賦何墻連歌」の挙句はつぎのようなものです。
(挙句) あたなる人に ちきるはかなさ  玄仲
漢字を当てはめると「徒(あだ)なる人に 契るはかなさ」、つまり「あてのない人と約束するむなしさ」とでも訳すのでしょうか。これを素直に遊女を詠んだ句とするのは易しいのですが、そうです、遊女を義光と置き換えれば、「徒なる人」とは秀吉ということに。あるいは、玄仲は里村紹巴の次男なのですが、遊女は紹巴とも置き換えられるのでは。以上、私の解釈にすぎませんが、どうでしょう、天国の名子先生。
 なおこの句は、「会はで止みにし憂さを思ひ、あだなる契りをかこち」という徒然草137段にある文言に出典を求めることができます。この137段と言えば、あの有名な「花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは」で始まる段で、ああ、ここで発句と同じく挙句にも、「花」と「月」とをぶっこんだのかと。こうなるともう、あらかじめ発句の段階で用意されていたとしか思えません。やはり連歌恐るべし。蛇足ですが、「徒なる」という言葉は、「徒然なる」という言葉とも関係します。
 さて、ここらでいつものことわざを、とは思ったのですが、今回は連歌に由来する慣用句を3つほど。
 まずは「花を持たせる」。花と月は定座 (句を詠む位置)が決められていました。しかし、連歌会で最年少もしくは特別な主客がいる場合には、歌を詠む順番を変えてでも、その人に「花」の定座の位置を譲る心配りをしていました。これが「花を持たせる」の由来です。次に「月並み」という言葉ですが、月を詠み込むときに、月の言葉が入る例えば「正月」や「神無月」などの言葉を用いても、それはただの「月並の月」(つきなみのつき)とされ、月の句とはならないことからきています。そして「挙句のはて」という言葉は、御存じのとおり、いろいろやっても好ましい結果にならないことで、私の日常においては「月並み」とともに身に染みる言葉ではあります。



(→館長裏日誌)