最上義光歴史館

最上義光歴史館
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掃いても掃いても降ってくる、色とりどりの葉っぱたち。

最上義光歴史館前の紅葉は、まだまだ見ごろですよ^^

是非、お出かけください♪


秋といえば、運動の秋、読書の秋、そして食欲の秋…

美味しい柿の差し入れに舌鼓を打つ私でした(’ー’)




最上義光歴史館前の公園は、紅葉が見ごろを迎えています^^



当館ではただ今、常設展示「自然のかたち―所蔵名品障壁画―」を開催中です。

出品作品のうち≪山形城御殿杉戸絵(松図・鶴図)≫は、現在、松図を展示中です。

11月13日(火)から2019年1月20日(日)までは、鶴図をご覧いただけます。

是非、この機会に当館へお越しください。



本日、11月3日は文化の日です!

霞城公園では、史跡山形城跡 二ノ丸土塁(北東部)の発掘調査現地説明会が開催されました。

私も早速、潜入です(・ω・ )三三3333

冒頭の画像は「肴町向櫓(さかなまちむかいやぐら)」の発掘現場です。



他にも、「屏風折れ土塀」というものを見学しました。

土塀には穴が空いており、そこから身を隠し弓や鉄砲で敵を攻撃します。

しかも、直線的な土塀ではなく、その名の通り、屏風のように折れ曲がった土塀です。

これにより、正面だけでなく左右から攻めてくる敵の認識がしやすくなる、という画期的なものだそう。





戦いのための工夫が凝らされていますね。

霞城公園といえば、今は「桜」のイメージが強いですが、やはり城なんだな〜と認識を新たにしました。


《2018年10月の利用者アンケート集計結果》

 この集計結果は平成30年10月1日から同31日の間に入館した利用者を対象に行ったアンケートを集計したものです。

常設展示  (10/1 〜 10/31)
開館日数・・・・・・・・・・・・・26日間
入館者数・・・・・・・・・・・・・2,383人
回答者数・・・・・・・・・・・・・43人


1.歴史館をどこで知りましたか??
(1)旅行雑誌・・・・・・・・・・・・・・・・10%
(2)歴史館のホームページ・・・・・・・・・・0%
(3)インターネット・・・・・・・・・・・・・14%
(4)新聞・テレビ・ラジオ等・・・・・・・・・2%
(5)広報やまがた・・・・・・・・・・・・・・2%
(6)知人から聞いた・・・・・・・・・・・・・2%
(7)以前から知っていた・・・・・・・・・・・33%
(8)観光案内所 (駅など) ・・・・・・・・・・14 %
(9)通りがかり・・・・・・・・・・・・・・・17%
(10)その他・・・・・・・・・・・・・・・・・5%

2.歴史館の入館は何回目ですか??
(1)はじめて・・・・・・・・・・・・・・・・86%
(2)2回目・・・・・・・・・・・・・・・・・3%
(3)その他・・・・・・・・・・・・・・・・・12%

3.ご覧になられた感想
(1)内容はいかがでしたか??
   �‖臺僂茲�った・・・・・・・・・・・・・74%
   �△茲�った・・・・・・・・・・・・・・・19%
   ��ふつう・・・・・・・・・・・・・・・・8%
   �い弔泙蕕覆�った・・・・・・・・・・・・0%

(2)最上義光と最上家について??
   �,茲�わかった・・・・・・・・・・・・・71%
   �△錣�った・・・・・・・・・・・・・・・29%
   ��わからなかった・・・・・・・・・・・・0%
   �い匹舛蕕箸發い┐覆ぁΑΑΑΑΑΑΑΑΑΓ亜�

〜利用者の声〜

北海道 男性(68歳)
最上義光がよくわかった。案内がわかりやすかった。

東京都杉並区 男性(73歳)
ガイドさんの細かくていねいな説明・解説本当にありがとうございました。良い時間を過ごせました。

宮城県大崎市 女性(28歳・62歳)
お金を取れるくらい中身が濃かったです。有難うございました。

山形県山形市 男性(74歳)
ボランティア説明者の感謝。

京都府 男性(70歳)
ボランティアガイドさんに詳しく歴史を教えていただき、最上氏の認識を得たことがよかった。

埼玉県 女性(49歳)
入場料無料で、ボランティアの方の説明を聞く事が出来ました。大変素晴しいと思います。来て良かったです。ありがとうございました。

山形県山形市 男性(46歳)
ガイドさんの説明を受けて理解が深まったので、今後もガイドさんの案内を続けて欲しい。

東京都杉並区 女性(69歳)
山形で生まれ、この地で育った私ですが、知らないことがたくさんありました。たくさん素敵な土地なのですから、もっともっと多くの人に知らせていただきたいと思います。霞ヶ城を自慢したくなりました。

兵庫県神戸市 男性(73歳)
ボランティアの方の説明が素晴しい。

山形県天童市 女性(55歳)
急な来館でしたが、ていねいな対応・案内して頂いてすごくイメージがよかったです。お話も上手でした。知人にも広めたいと思います。山形に住んでいても知らない事がたくさんあるな〜と思った次第です。

宮城県仙台市 男性(67歳)
説明員の方に案内していただきました。ありがとうございました。

北海道札幌市 女性(64歳)
あらすじを拝聴いたしました。丁寧な説明でした。

千葉県成田市 男性(45歳)
ガイドの方がわかりやすく解説していただいたので、よくわかりました。ありがとうございました。

兵庫県川西市 男性(79歳)
ガイドの方にも判りやすく説明して頂き、ありがとうございました。

神奈川県大和市 男性(42歳)
とても歴史に詳しい方がガイドをされていたので、楽しかったです。ありがとうございました。

京都府城陽区 男性(69歳)
よくまとまって展示してあり、最上家の事情がよく理解出来ました。外国人向けの簡単な案内があるとよいかと思いました。

埼玉県貝沼市 男性(37歳)
無料でなくて野良いのでは?と思いました。分かり易い説明ありがとうございました。イメージが変わりました。

鳥取県鳥取市 男性(73歳)
最上家が関ヶ原以前は家康とどのような関係にあったのかをもう少しかみくだいて説明していただければと思いました。岡山池田藩で荒木又ェ門仇討事件がおきたとき、最上家の動きを幕末まで気にしていたという話があります。参考まで。

大阪府大阪市 女性(32歳)
丁寧にご説明してくださり、ありがとうございました。

東京都 女性(34歳)
説明がとても分かりやすかったです。最上さんの人物像のイメージがわいた。

東京都文京区 男性・女性(40・30歳)
ガイドの説明がとても良かった。ガイドさんが付いてなかったら自力では理解できなかったと思います。

神奈川県横浜市 女性(61歳)
最後のほうになって音声ガイドがあるのに気づきました。最初に言っていただくと嬉しいです。テレビのところの説明を聞いている時、出入り口付近で団体の方とのおしゃべりの声が大きく、聞こえずらかったです。

※当館サポーターの個人名は「ボランティア」または「ボランティアさん」に変更しています。


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最上義光連歌の世界��

66  かへる馬屋はのるにまかする   紹由  
67 あかずしも狩場の道の暮れわたり  義光
68  いくかか花にまくらかりけん   紹巴

    慶長三年(一五九八)卯月十九日
     賦何墻連歌      三ノ折の裏




 前句である66の大意は、「(夕暮れ時)道もたどたどしいので、馬屋に帰るのは、馬にのったまま、その歩みにまかせる」ほどである。
 この句の背景には、「韓非子・説林上」の「老馬の智」の故事がある。春秋の五覇の一人である斉の桓公が、遠征の帰りに山中で道に迷う。その時、もう役にも立たないと思われた老馬を放ち、それに従うことにより帰るを得たとのものである。
 和歌においても、この故事はすでに取り入れられている。

  後撰集・恋五 思ひ忘れける人のもとにまかりて      
                 よみ人しらず
  
 978夕ぐれは道も見えねどふるさとは もと来しこまにまかせてぞ来る
    
    返し           よみ人しらず
 979こまにこそまかせたりけれ あやなくも心の来ると思ひけるかな

などの作例がある。
 義光はこの前句を受け、「(もっと狩を続けたいのに)すでに狩場からの帰り道は、一面暮れてしまった(さあ、どのようにして帰れば良いか)」ほどの句を付ける。この句にも、「老馬の智」の故事は反映していようが、さらに注意すべき出典があろう。
 「伊勢物語・八十二段」がそれと思われる。その大略は、弟・惟仁親王(清和天皇)との皇位争いに敗れ、風雅に生きる惟喬親王と、その縁辺の人々との野遊びの様である。その中の一人に業平がいる。淀川河畔の水無瀬から交野(いずれも、現大阪府北部)で、「狩はねむごろにもせて、酒を飲みつつやまと歌にかかれりけり。…その木(桜)のもとに立ちてかへるに日暮れになりぬ。」すなわち、風雅や狩を楽しむあまり、時間は過ぎさってしまった。
 義光の「伊勢物語」摂取は、面影を取る(何となく連想させるほどの意)体のものかもしれない。ただ、68の句を考えると、(その大意は「いったい、幾日、花を求めてその下で旅寝をしていたであろうか」ほど。風流に生きた人の姿である)この推測は、あながち誤ってはいないであろう。
 改めて、この推測の裏付となる68の句の背景にある「伊勢物語」の一節を示しておく。

  いま狩する交野の渚の家、その院の桜、ことにおもしろし。

 これらの情景から「狩」に導かれて「花」の語が触発されたと理解する。義光が「伊勢物語」を念頭に置いたことを理解した紹巴の句作なのである。

■執筆:名子喜久雄(山形大学名誉教授)「歴史館だより��25」より