最上義光歴史館

最上義光歴史館
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《平成28年度5月分の入館者アンケート集計結果》

 この集計結果は平成28年5月1日から同31日の間に入館した利用者を対象に行ったアンケートを集計したものです。

          常設展示  (5/1 〜 5/31)

      開館日数・・・・・・・・・・・・・27日間
      入館者数・・・・・・・・・・・・・・3,130人
      回答者数・・・・・・・・・・・・・・147人

  1.歴史館をどこで知りましたか

  (1)旅行雑誌・・・・・・・・・・・・・・・・13%
  (2)歴史館のホームページ・・・・・・・・・・8%
  (3)インターネット・・・・・・・・・・・・・18%
  (4)新聞・テレビ・ラジオ等・・・・・・・・・1%
  (5)広報やまがた・・・・・・・・・・・・・・0%
  (6)知人から聞いた・・・・・・・・・・・・・4%
  (7)以前から知っていた・・・・・・・・・・・24%
  (8)観光案内所 (駅など) ・・・・・・・・・・ 9%
  (9)通りがかり・・・・・・・・・・・・・・・17%
  (10)その他・・・・・・・・・・・・・・・・・5%

 2.歴史館の入館は何回目ですか

  (1)はじめて・・・・・・・・・・・・・・・・92%
  (2)2回目・・・・・・・・・・・・・・・・・6%
  (3)その他・・・・・・・・・・・・・・・・・2%

 3.ご覧になられた感想
 
  (1)内容はいかがでしたか
  
   �‖臺僂茲�った・・・・・・・・・・・・・59%
   �△茲�った・・・・・・・・・・・・・・・40%
   ��ふつう・・・・・・・・・・・・・・・・1%
   �い弔泙蕕覆�った・・・・・・・・・・・・0%

  (2)最上義光と最上家について

   �,茲�わかった・・・・・・・・・・・・・58%
   �△錣�った・・・・・・・・・・・・・・・41%
   ��わからなかった・・・・・・・・・・・・0%
   �い匹舛蕕箸發い┐覆ぁΑΑΑΑΑΑΑΑΑ�1%

 〜利用者の声〜
◎解説とてもわかりやすく理解を増し、さらに興味が出ました。ありがとうございました。又、来たいと思います。

◎大変すばらしい展示だと思います。外のマンガは不要だと思います。

◎ガイドさんにしっかり説明して頂き、すごくわかりやすかったです。最上家についてほとんど知らなかったが、色々と知ることができました。入館料もなく、ここまで充実した資料館は初めてで大変満足です。ガイドの方やスタッフの方々、みなさん親切で良かったです。

◎順路を分かりやすくした方がいい。最上義光の生き方を示した方がいい。

◎そのままでも、とてもおもしろかったので、よかったです。ありがとうございました。

◎無料で入館でも、鮭様の多くの展示品を見ることでき、楽しい時間を過ごすことができました。また、来たいです。ありがとうございました。また、よしあきフェスタが開催されることを願っています。

◎親切丁寧な対応ありがとうございました。アンケート渡し損ないましたので、お送り致します。又山形に行きましたらよらせて戴きます。(FAXで送付)

◎とても親切にご対応説明して頂きました。ありがとうございました。

◎すばらしい!!

◎最上義光が山形にとって、いかに貢献したかが良くわかった。時間があれば、もっと詳しく見たかった。再度来てみたい。

◎今日は時間がなかった為、後日ゆっくりお話をききたいと思います。ありがとうございました。

◎壁の解説の文字をもう少し大きくしてほしい。

◎展示物の説明文に英語を対応すべきと考える。

◎何となく理解していた事(政宗の母、駒姫のこと)が系統的に分かった。

◎案内が聞きとりにくかった。

◎各資料に分かりやすい解説があったので、本で不明な点等よく分かりました。

◎城内の発掘が進み、更に歴史が解明されることを期待します。

◎すばらしい館を無料開放は大変良いと思います。次回はゆっくりと山形城内観光をしたいと思っています

◎色々な他市町村の歴史館を訪れてますが、入館料が無料でかつ説明される方が丁寧に案内していただけるところはなかったと思います。長時間に亘りご親切にありがとうございました。 また受付の方の心のこもった挨拶にも街の方々の心のこもった対応を感じ、いい旅になりました。

◎解説して下さった方がとてもわかりやすく、合戦の様子などを教えて下さったので、楽しく見れました。うるさくしてしまい申し訳なかったです。最上義光の格好良さが伝わって来ました。その分、姫の死に対する悲しみなどもとても良く伝わり、殿としての勇猛な面と父として守りたかった面をとてもよく感じました。とても良い歴史館でした。解説員の方本当にありがとうございました。また、機会があったらうかがいたいと思います。

◎詳しくガイドの方に御案内いただき、ありがとうございました。昔々の御先祖様に感謝の気持ちも新たになりました。

◎無料なのに直筆などが置いてあり感動した。

◎政宗が大好きですので、ご縁続きでおもしろかったですヨ。義姫の兄さんという事は本で知ってましたので、又仙台にも数回足を運んでますので、興味がわいてました。

◎説明してくださった方が、ていねいでとてもわかりやすかったです。

◎知らないことばかりで興味深かった。1回では覚えられないので、またきたいです。

◎山形新聞を読んでいます。もう少し、家臣のことがふれられていたらもっと良い。

◎最上義光、大河ドラマ化期待してます。ピーアールがんばって下さい。ボランティアガイドさんの説明もあり、おもしろかったです。

◎衣装やジオラマをかざってほしい。家臣団の図表も展示してほしい。

◎義光以外の最上家についても資料があればよりよかったと思います。

◎無料でしたのでとても良かった。有料でもいいぐらいです。駐車場を無料にしてほしい。他の市町村は無料の所が多い。

◎1.義光より以前の代も解説して欲しい。2.悪評の原因なども明らかに解説して最上氏の評価の材料としたかった。

◎昔よりおもしろくなってきました。

◎無料はすごい。

◎こまかな解説があり、わかりやすい。

◎ボランティアの案内は非常に分かりやすかったです。

◎個人寄贈とは思えないほど、種類が多く、最上義光個人のものが多く、その歴史についてもくわしく解説がされていた。合戦などもくわしくのっており、最上家と諸係わりのあるものについても知ることができた。




「古河藩土井家における鮭延越前とその家来達について」

                     
 元和八年八月最上家改易事件後、山形藩主最上義俊の重臣達は全国の諸藩に身柄を預けられている。老中土井利勝(下総佐倉藩主)には、鮭延越前秀綱、新関因幡久正の二名が預けられた。この小論においては、最上家重臣鮭延越前が土井利勝に預けられた後に、その家臣として召し出されているが、これらの経緯について古河藩土井家史料を中心に、紙数の許す範囲で考察してみたいと思う。
 鮭延越前秀綱、新関因幡久正の両氏は元和八年八月の最上家御家騒動後、土井利勝に身柄を預けられた。この期間の出来事については、鮭延秀綱の庶子で、後に同家来に列した森川弥五兵衛の子孫が遺した森川系図によれば、秀綱は幕命により預期間中は江戸本郷宿に身を寄せており、妻、嫡男秀義に先立たれており全くの単身状態であり、身の回り世話をする者もなかったという。このため自身の身の周り世話のため、在郷の娘を雇い入れている。
 秀綱はこの在郷の娘との間に元和九年男児を設けている。しかしこの男児は嗣子とはせず、出生地に因んで『森川』姓を名乗らせ秀綱側で引き取っている。この男子は後に寛永一〇年古河城下で元服、森川弥五兵衛と称し、秀綱の家来に列している(拙著 山形最上家と古河土井家について )。 もう一方の新関因幡については全く何も伝えられていない。同氏も鮭延氏同様で、一時江戸本郷宿に居住していたのであろうか。 
 元和八年土井利勝に預けられた鮭延越前秀綱、新関因幡久正の両名の預期間はほぼ一年であって、翌九年には正式に御赦免となったが、その行き先が注目されたのであった。
 この時二代将軍秀忠に鮭延秀綱に対し、ニ男駿河大納言忠長の附家老で招聘しようとしたが、これには秀綱自身が固辞したと伝えられる。その後、鮭延秀綱と将軍秀忠、土井利勝との間で、どのような遣り取りが展開されたのかは伝えられていない。しかしその後将軍秀忠は、腹心の土井利勝に対して知行五〇〇〇石で、鮭延秀綱を召し抱えるように命じたことが、近年研究から明らかとなっている(拙論 最上家改易事件に関する一考察 野木神社秘蔵史料を中心にして 古河郷土史研究会会報三一号)。
 これは元和九年当時、老中土井利勝は下総佐倉藩主で知行六五二〇〇石であったため、この身代ではとても鮭延氏を知行五〇〇〇石で召し抱えることは事実上困難であったことは、二代将軍秀忠自身も事前に承知していた。そこで鮭延氏の知行五〇〇〇石分は召し抱えると同時に、別途これと同高を将軍が加増するということで、利勝も了承したことが分かっている(拙論 鮭延越前研究ノート(4) 古河藩土井家時代の鮭延越前について 古河郷土史研究会会報四九号)。
 なお新関因幡久正も同時に土井利勝は知行一〇〇〇石で召し抱えているが、これには将軍秀忠はこれに了承のみで特に介入していない。
 この時鮭延氏は知行五〇〇〇石で待遇は客人分で、一方の新関氏は一〇〇〇石で御組頭(家中では家老の次ぐ要職)であった(拙著 山形最上家と古河土井家について )。
 この当時の土井利勝家臣団は戦国時代の軍事形態を色濃く残しており、後世の藩経営を主体とした藩体制とは大きく異なる。城代は藩主利勝の同母弟の土井内蔵允元政で知行三〇〇〇石、筆頭家老は寺田與左衛門時岡二〇〇〇石で、この二名がまさに利勝の腹心で、利勝に対する影響力も行使できる人物でもあった。この当時の土井利勝の主要家臣数は知行一〇〇以上の者が一二〇名前後とみられている。当時はまだ戦時体制が色濃く、その家臣のほとんどが平士級で三〇〇石未満であった(拙論 土井利勝研究ノート(7) 老臣寺田與左衛門について 古河郷土史研究会会報四四号)。 しかし残念ながらこの当時の分限帳は伝えられていない。
 利勝の家臣団・藩体制が大きく変貌するのは、寛永二年九月に知行高が一挙に倍増となる一四二〇〇〇石となってからのことで、これに伴い利勝は、自弟の土井内蔵允元政には三〇〇〇石から八〇〇〇石へと、筆頭家老寺田與左衛門時岡が二〇〇〇石から六〇〇〇石へと大幅な加増を行っている。ここに至って土井家内では、鮭延氏の五〇〇〇石を超えるものが出現して来たのである。この時新関氏の役職は組頭のままであるものの、一〇〇〇石から一八〇〇石へ、さらに二三〇〇石へと加増されている(拙著 山形最上家と古河土井家について )。
 実はこの時点で主要家臣のほぼ全員が大幅加増になったことと、家臣団の役職が藩経営に即応した複雑細分化なものとなり、藩士の階層も一斉に多極化していった(拙論 土井利勝研究ノート(7) 老臣寺田與左衛門について 古河郷土史研究会会報四四号)。
 これらの現象を前提にして近年、鮭延越前秀綱が元和九年から没する正保三年六月まで、実に二三年の間(土井家自身知行高の変遷や藩主の交代などもあり)、秀綱自身の役職も「客臣」のままで、しかも知行「五〇〇〇石」もそのままで全く変更されなかったのは、新関因幡が加増されたことをみても、真に奇異なことと言えるであろう。
 これは土井利勝が鮭延氏を召し抱えるに当たり、当時の二代将軍秀忠が仲介し指示したこともあって、これを召し抱えた土井家一存のみでは、勝手に変更が困難であったことと解釈される(拙論 鮭延越前研究ノート(4) 古河藩土井家時代の鮭延越前について 古河郷土史研究会会報四九号)。
 鮭延秀綱の晩年は、嫡男秀義が最上家出仕時代に早世したため嗣子がおらず、さらに元和九年に男子を設けたが嗣子とはせず、元服後家来に列し「森川」姓を名乗らせている。嫡男秀義は既婚したことから男子(秀綱の内孫)がおり、この嫁と孫も秀綱とともに古河城下大堤にいたことも今日分かっている。古河城下の秀綱には、嫡男秀義の遺児が健在であったが「籠宮」姓を名乗らせ別家としている(拙論 鮭延越前研究ノート(2) 籠宮家について 古河郷土史研究会会報37号)。秀綱は自ら意思により当代で絶家としたが、古河時代周囲には出羽時代からの家来達はそのまま扈従し続けた者たちがおり、土井家へ陪臣として奉公していた。
 秀綱は正保三年六月古河城下にて八十四歳にして没。その屋敷跡には家来達の手で菩提寺『鮭延寺』が創建され、同寺も秀綱の墓碑も現存している(拙著 山形最上家と古河土井家について )。


○鮭延越前墓所


○鮭延家の守本尊「聖観音立像」(鮭延寺所蔵)
 
 恐らく秀綱の家来十四名にとっては、主君鮭延秀綱が土井利勝のもとに召し出された元和九年から正保三年六月に主君鮭延氏が没したまでの、家来達は土井家には陪臣として奉公したが、これがある意味で最も寛いだ充実した期間でなかったか想像している。秀綱の家来一四名は主君鮭延氏死去後、土井家と予てよりの約束通り正保三年七月一五日古河藩主土井利隆(一三五〇〇〇石)に直参として召し出されている。この時十四名の家来の中では、岡野九郎左衛門が家老であったことから、土井家ではこの家格をそのまま認め彼のみ三〇〇石鑓奉行で遇し、残りの十三名は二〇〇石から一五〇石は平士級であった(拙著 山形最上家と古河土井家について、拙論 古河城下における鮭延氏の家来動向について 山形県地域史研究四〇号)。
 さて、鮭延氏は後嗣をたてなかったことから、跡は土井家に直参に召し出された家来十四名に託された。それでは古河藩土井家臣が鮭延氏の旧家来に好意的で、彼らに居心地が良かったかといえば、これは全くの別問題であると言える。
 というのは、古河藩主土井家の系譜は徳川家三河時代からを継承しており、また家中には近畿圏出身の有力家臣が多く、当時この地域が国政の中心地、先進地であり、かつ又経済的にも豊かであったことから、これに優勢感を持つ家臣が多かったように思われる。 反面関東以北は未開地で経済的にも概して豊かではなかったことで、出羽最上郡出身の旧鮭延氏出身の家来などは…土井家家中において一段格下と偏見の目で見られたのではないかと、今日想像している。さらに旧鮭延氏出身の家来達は、土井家内では新参者で特に頼るべき後ろ楯となる有力家臣もなかった。土井家家臣としてまさに真価が問われる時節が到来しつつあったのである。

■執筆:早川和見(古河郷土史研究会会員/山形県地域史研究協議会会員)「歴史館だより��23」より


昨日の雨降りからうって変わり、
今日は晴れてすがすがしいお天気の山形です。

さて!昨日は歴史館前の公園に、珍客が現れました!
なにかといいますと…、、、

こちらです!!↓↓

おぉぉ…!
カモが…、いる…、、カモ……!!




かわいいですね(^^)
仲良く池をスイスイ泳いで遊んでいました。



《平成28年度4月分の入館者アンケート集計結果》

 この集計結果は平成28年4月1日から同30日の間に入館した利用者を対象に行ったアンケートを集計したものです。

企画展(4/1 〜 4/3)  常設展(4/6 〜 4/30)

      開館日数・・・・・・・・・・・・・26日間
      入館者数・・・・・・・・・・・・・2,474人
      回答者数・・・・・・・・・・・・・126人

 1.本日は最上義光歴史館に

  �ヾ覯菘犬鮓�に来た・・・・・・・・・・・・・・・31%
  �⊂鐇濺玄┐鮓�に来た・・・・・・・・・・・・・・23%
  �N省�見に来た・・・・・・・・・・・・・・・・・46%

 2.�´�の方、企画展を何で知りましたか
  
  (1)ポスター・チラシ等・・・・・・・・・・・20%
  (2)歴史館のホームページ・・・・・・・・・・0%
  (3)新聞・テレビ・ラジオ等・・・・・・・・・40%
  (4)広報やまがた・・・・・・・・・・・・・・0%
  (5)知人から聞いた・・・・・・・・・・・・・10%
  (6)通りがかり・・・・・・・・・・・・・・・30%
  (7)その他・・・・・・・・・・・・・・・・・0%

  �△諒�、当館をどこで知りましたか

  (1)旅行雑誌・・・・・・・・・・・・・・・・9%
  (2)歴史館のホームページ・・・・・・・・・・5%
  (3)インターネット・・・・・・・・・・・・・15%
  (4)新聞・テレビ・ラジオ等・・・・・・・・・1%
  (5)広報やまがた・・・・・・・・・・・・・・1%
  (6)知人から聞いた・・・・・・・・・・・・・5%
  (7)以前から知っていた・・・・・・・・・・・26%
  (8)観光案内所 (駅など) ・・・・・・・・・・11%
  (9)通りがかり・・・・・・・・・・・・・・・19%
  (10)その他・・・・・・・・・・・・・・・・・7%

 3.歴史館の入館は何回目ですか

  (1)はじめて・・・・・・・・・・・・・・・・81%
  (2)2回目・・・・・・・・・・・・・・・・・10%
  (3)その他・・・・・・・・・・・・・・・・・10%

 4.ご覧になられた感想
 
  (1)内容はいかがでしたか
  
  常設展示

   �‖臺僂茲�った・・・・・・・・・・・・・55%
   �△茲�った・・・・・・・・・・・・・・・39%
   ��ふつう・・・・・・・・・・・・・・・・7%
   �い弔泙蕕覆�った・・・・・・・・・・・・0%

  企画展

   �‖臺僂茲�った・・・・・・・・・・・・・67%
   �△茲�った・・・・・・・・・・・・・・・27%
   ��ふつう・・・・・・・・・・・・・・・・7%
   �い弔泙蕕覆�った・・・・・・・・・・・・0%


 (2)最上義光と最上家について

   �,茲�わかった・・・・・・・・・・・・・48%
   �△錣�った・・・・・・・・・・・・・・・48%
   ��わからなかった・・・・・・・・・・・・3%
   �い匹舛蕕箸發い┐覆ぁΑΑΑΑΑΑΑΑΑ�2%

 〜利用者の声〜
◎すてきな案内、ありがとうございました。

◎ボランティアの方の説明が良かったです。本とか読んでも知らない事も説明で知ることができました。

◎刀がよかった。

◎解説文のパネルがガラスごしで遠くなる為読みづらい。文字を大きくするか、手前に展示してほしい。

◎刀剣・歴史が好きで今回で3回目です。又、刀剣や小道具の企画をして下さい。又、無料も良いです。拵え見たかった。

◎無料で入館できるのは良かった点だと思います。

◎企画展、素晴らしかったです。日本刀についてとても詳しく説明されていて理解が深まりました。ただ、文章だけの説明では少し分かりにくい所もあるかなと思いました。刃文や地鉄の種類の図などがあるといいかなと思いました。

◎案内の方に大変ありがとう。長く続けてほしい。いつかまた来ます。

◎たまたま天気が良かったドライブがてら寄ってみました。無料にて、くわしく説明していただき、ありがとうございました。お世話さまでした。

◎古い文献や史料が分かり易く掲示してあってとてもおもしろかった。最上氏の系譜は興味深いものでした。義光公の映画やドラマがないのがちょっと残念です。

◎お世話になりました。ガイドの方の説明がとても良かったです。

◎長谷堂合戦屏風図の原本は有るのですか、あれば原本展示して欲しい。

◎館内ガイドの説明で非常によく理解することが出来ました。

◎よければ映像のうえに字幕が欲しいと思います。

◎美しい建物です。無料でなくてもいいと思います。

◎山形の歴史がよくわかった。知らないことがよく理解できた。

◎昔、最上と由利が戦ったという話をきいていて興味がありました。展示物も大変多く、感心し致しました。

◎展示物が少なすぎる。ビデオ説明多くする。

◎ガイドさんの説明が大変良かったです。

◎ガイドの方に説明して頂き、いろいろと教えて頂きました。わかり易くてありがとうございました。次回はもっと時間をかけ拝見したいです。

◎説明がわかりやすく大変為になりました。無料解説大変たのしかったので、続けて下さい。

◎宣伝不足

◎今回時間がなかったのですが、又、ゆっくりガイドをして頂きたいと思いました。次回、楽しみにしてます。ありがとうございました。

◎今日は時間が余りなかったので残念!

◎ガイドの方の説明、大変勉強されていて感心しました。ありがとうございました。

◎今日は時間がたりなかったので、又来たい。

◎わかりやすかったです。じっくりまた来たいと思います。

◎展示物を定期的に入れ替えてると聞いたので、また今度来てみようと思います。

◎大変参考になりました。ありがとうございました。

◎案内の方に説明いただき、山形歴史の流れがわかった。

◎ガイドの方、スタッフの方が気さくな方で話も解り易かった。山形最上の歴史に興味が湧きました。

◎奥の展示室が暗く字が読み辛い。明るさは仕方ないが、展示品等の説明文を読み易い高さにするか字を大きくしてほしい。

◎また来たいと思います。運営応援しています!

◎もう一度来て、時間をかけて見学したいと思う歴史館でした。

◎いつ来ても楽しめます。合戦図屏風は特に興味深いものでした。

◎ボランティアの方の造詣の深さに感激しました。無料開放は素晴らしい発想だと思います。

◎本物を厳選して展示してあるのが良かったです。(たくさん展示してあっても、複製が多いと残念なので)エピソードやランキングも多く、わかりやすかったです。

◎せっかく貴重なものがあるのにアピール不足と思います。

◎詳しい説明でよく分かった。系図を見て説明してくれたのでよくわかった。整理されている。

◎直江兼続との関係は良くわかりました。せっかくなので伊達政宗との関係がわかる資料があればと思いました。(おじ・おいの関係のはず?)

◎もっと展示して下さい。

◎大変丁寧に説明していただいて、ありがとうございました。

◎義光以降の最上家の解説を増やして欲しい。山野辺家とか・・・


今日から連休前半!
みなさんいかがお過ごしですか?

休みの取り方によっては、なんと10連休になる人も
いるようです。すごいですね〜。

そんな連休中、
「行くところがまだ決まっていない〜」というそこの貴方!!
歴史館に来てみてはいかがでしょうか?

最上義光歴史館は連休中も休まず開館しております!
通常ですと休館日にあたる5月2日(月)も
臨時開館しております。どうぞお越しください。

現在は、企画展示「武士mononofu の晴れ姿」を好評開催中です。




源平合戦で有名なあ〜んなシーンや、
おなじみ長谷堂合戦のこ〜んな場面、
はたまた、今が旬の大阪夏の陣まで!

迫力ある合戦図屏風をぜひ、その目でご覧ください!


また、常設展示室の刀装具の展示も展示替えを行いました!
企画展示にあわせて、合戦図の刀装具を展示しておりますので
どうぞ一緒にお楽しみください(^^)



今日は観桜会!
霞城公園周辺は花見のお客さんで大賑わいです!

「観桜会を大いに盛り上げよう!」
「おぉーー!!」
最上義光武将隊、元気よく出陣です(^^)



霞城公園の中で、お花見客の皆さんと写真撮影をしました。




テレビの取材も…?!

芸工大生の皆さんが、時代衣装を着て公園内を巡回していましたよ!
一緒にパチリ☆

穏やかな天気で楽しい観桜会になりました。
最上義光武将隊の皆さん、お疲れ様でした。